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日本語教師アシスタント日本語教師アシスタント

日本語教師ボランティアを経験して

ありきたりですが、こんな題名でスタートする理由は、
本当に経験したからこそ言えることをここでお話ししようと思うからです。

お名前 小川 華子 年齢 27歳
派遣国 オーストラリア 派遣都市 Canowindra
学校名 Canowindra Public School 派遣期間 2005年7月~2005年9月

私が「3年仕事をしたらオーストラリアに行こう!」と決めたのは大学生の時。私の本業は獣医師。獣医師になりたかったのと同じくらい、海外で暮らすという のが小さいときからの夢だった。だから英会話に行ったり、でも仕事をしてお金を貯めて、決断するまでの3年間にはやっぱり色々あって、日本での生活が捨てきれず、オーストラリアへ行くの辞めようかなと思った時期もありました。でも、今、私は実際にオーストラリアで生活していて、日本語教師アシスタントという形で海外でボランティアを経験し、そしてワーキングホリデーという形でその後のオーストラリア生活を満喫しています。

「私は今、本当にここにいるからこそできる貴重な経験をしている!」って思います。 そんな私の経験談が、みなさんの海外へ向かう勇気につながったらいいなと思っています!私が日本語教師ボランティアインターンシップの存在を知ったのは高校生ぐらいの時でした。「海外でネイティブに混じって生活しながら日本を伝えませんか~」という楽しそうな写真付きの新聞の広告。なぜかずっとこのことが頭の片隅にあって、海外へ行くなら何か目標を持って行って、何か1つはきちんとこなしてきたいという思いと重なって、今回の参加に繋がりました。ワーキングホリデーVISAを利用して来た今回のオーストラリア。まだ、終わっていないけれど、今、本当に「参加して良かった」と思っています。

私が行ったのはオーストラリア、シドニーから内陸に電車で5時間程入った人口1300人ののどかな小さな町Canowindra。そこで私は、なつっこく てかわいい子供達と本当に優しい地元の人たち、素晴らしい環境に囲まれて冬の1学期間(約2ヶ月半)を過ごしました。町の唯一の商店街はほんの200m程で終わってしまい買い物に行けば必ず生徒に会ってしまうほどの小さな町。たった2ヶ月半の滞在で私は小さなこの町とこの町の人たちが大好きになりました。

私は月火木金にCanowindra Public SchoolのKinderからYear6を各クラス週に2回ずつ、火曜の午後を近所のカトリックスクールのYear5&Year6、水曜日に隣町にある 全生徒数25人(みんな一緒に勉強)の小さな分校で日本語のクラスを担当しました。Canowindra Public Schoolは14年間にわたって日本語の授業をとても大事にしてくれていて、なんと私は14番目の日本人アシスタントでした。そして他のアシスタントの残していったものも含めてたくさんの日本関連教材がありました。私はCanowindraでは各学年のカリキュラムに沿って、授業を組み立てました。授業の中心はフラッシュカードを使った単語の習得とそれを応用したカードゲームや会話練習でしたが、七夕やこどもの日、ひな祭り、習字やお好み焼き、おにぎり作り、おりがみなどの文化紹介も行いました。

そのほかの学校ではカリキュラムがなかったのでランダムにいろんな事をしました。ここでしか得られなかった宝物お買い物ごっこをしたり、一人一人に電話番号を渡して全員のリストの中から「○○○○―○○○○プルプルプル~」「もしもし〇〇です」というもしもしゲームをしたり。生徒達はみんな本当に日本語の授業を楽しみにしていてくれて、私が教室の入り口に現れると「は~なこ~」と言っていつもわくわくした笑顔で迎えてくれました。少しずつ難しくなってくる日本語の授業を本当にマジメに一生懸命取り組んでくれた高学年の生徒達。本当に楽しみながら元気に積極的に授業を楽しんでくれた低学年の生徒達。手作りの贈り物をしてくれる女の子や授業以外でもいつも話しかけてくる男の子、抱きついてくるKinderの子供達。先生方もみんな本当に協力的で私のアシスタント生活は、本当に楽しく悩み事は「ゼロ」でした。ホームステイもとっても心地よく、当初2件だった予定が事情があって移動して、二ヶ月半の間に4件もの異なるAussieファミリーを経験することになりましたが、今もホストファミリーとはとっても仲良しです。これも私のここでしか得られなかった宝物。私がたった2ヶ月半で得たものはその後のオーストラリア生活に本当に大きく貢献し、繋がるものでした。

私はこのプログラムの後、Canowindraから車で20分ほど行った、牛馬羊とワイン畑、それにホリデイファームアコモデーションもある、とても大き な農場で働く機会を得ました。ここでの生活はなんでもありのファーム仕事で、早朝から日が暮れるまで働き、本当に3Kという言葉がぴったりでしたが、でもこれも本当に素晴らしいものでした。アシスタント期間とファーム期間、場所がとても近かったこともあり、毎週末アシスタント時代のホストファミリーに戻り、家族と時間を共にしました。私がここにいた6ヶ月は毎日が、全てが、新しく、私がオーストラリアにいる意味を本当に実感させてくれるものでした。

そしてアシスタント期間も含めて合計6ヶ月ほどまるっきりの英語環境に漬かった私の英語は、自分でもわかるほど向上しました。アシスタントの経験は私の日本でのキャリアに直接繋がるわけではありません。でも、何にも代え難いかけがいのない宝物です。行かなければわからないオーストラリアが、行かなければできない経験と出会いがそこにはたくさんたくさん待っていました。日本語教師アシスタントとして、ある意味、日本を代表して行くことに少し戸惑いがある方もいるかもしれません。でも、大事なことは、その時その時を、何に対してもその時の自分のベスト尽くすという努力。それができれば、その戸惑いは必ず克服できると思います。私が日本語教師アシスタントとして、良かったか、悪かったかなんてわかりません。でも、これからの自分にも、これからの子供達にも、何か残すことができたんじゃないかな、と思っています。